トルコ旅行第5日

赤いヒマワリ。

世界遺産カッパドキア 最初はギョレメ博物館。
奇岩の洞窟は協会などが作られていて、中には鮮やかなフレスコ画が残っています。
複雑な歴史の過程で目が削り取られていたりします。

洞窟の家には鳩用の小さな穴がいくつもあいていて
鳩の谷には本当に鳩がたくさん。
ここで見つけたナザール・ボンジュ(トルコの魔よけ)の木

奇岩群はいやはや面白い。
侵食が早いんだろうか。
にょきにょきとホントどこを向いても面白い。

トルコじゅうたんの工房にも行きました。

トルコのじゅうたんって2回巻きつけるから強いんだそうです。
いい物は全て草木染だとか目が細かいとか講義を受けて、感化されちゃったでしょうか。
以前から気になっていたものの、友人から「使わないでしょ。買っちゃダメだよ。」って言われていて、そのつもりだったのですが
羊の胸の毛だけ、全くの無染色 っていうじゅうたんに心奪われてしまいました。
ちゃんと手入れすれば末代まで使えるって言うし。
キッチンマットぐらいのと玄関マット。
買っちゃった~
仕事しよ。
トルコと日本の友好の証さ。
北に進路を変えて、塩湖を通り首都アンカラ。
ここから寝台列車アンカラエクスプレスで一路イスタンブールへ。

EM

ISDNを解約した。
電波で毎秒メガの通信が可能になったためである。
でも劇的に速くなったというほどでもない様に感じる。
少しはストレスが解消されることを期待する。
そういえば、先月このブログがやたら重たくてなかなか開かない時期があった。
ちょうどそのタイミングで今回契約したプランの提案があったので乗ったのだが、
NTTぷららサーバーの障害だったとお詫びのメールが入っていた。
機械的異常アクセスが原因だそうだ。
しかし今回、NTTを解約して、NTTぷららとの契約。
まさか作為的じゃぁないだろうな

トルコ旅行第4日

トロイに続き2つ目の世界遺産。
パムッカレを観光。
そういえば、アクロポリスやエフェスが世界遺産に登録されていないのは何故なんだろう
石灰棚までの道はヒエラポリス遺跡。
ここの素材はライムライト バインドストーンが主流みたい。
珊瑚の石灰岩だらけです。
ロシアからの団体さんと重なって混雑しました。

石灰棚は説明不要の美しさです。
これでもずいぶん汚れてしまったそうです。観光のために周囲で工事をしたのが原因だとか。
だから入れる場所は限られています。
元に戻るのにどれぐらいかかるんでしょう?
靴をぬいで歩いてみると、流れているのは本当にお湯、温泉。
遺跡のところからずっとついて来た、んじゃなくて、道案内をしてくれていたワンコも一緒。

バスはずぅっと内陸のコンヤへ向かいます。
途中トイレ休憩に立ち寄ったディナーレという小さな町は大地震からの復興を目指すハチミツの町。
現地ガイドさんによれば、トルコがヨーグルトの発祥だそうで、ヨーグルトは様々な料理に使われるそうですが、僕らが馴染んだ食べ方がここにありました。
「グルグル グルグル オイシイ ハチミツ ヨーグルトォ!」
全部日本語。
ヨーグルトもハチミツも硬めでしっかり重たい感じ。

ちょっと残念なのは道端に大量のゴミやペットボトルが散乱した状態が続きます。
時折鉄くずの山まであって、観光客だけじゃない、現地の習慣もあるのでしょうか。
広大な麦畑を抜けて、広大な・・・草原?を抜けて、この草原の遠くに小さな家があります。
山にもほとんど木が無いハゲ山。
乾燥しているんでしょうねぇ。

コンヤの街では神学校と延々コーランが流れる博物館を見学し
今回の旅の最東、トルコのちょうど真ん中あたり、ユルギュップに行きました。
この日の移動距離約650km。
岩をくりぬいて作られた洞窟ホテル。

トルコのワインはこのあたり、カッパドキアがおいしいそうです。
ワインの名前は「寅さん」、「ちゅらさん」で通じます。正式には「トゥーラサン」。
スープはヨーグルトを使ったスープって言ったかなぁ?
なんだこりゃ?っていう初めての味だけど美味しくいただきました。

時差ぼけじゃない

昨日は朝から鼻水が止まらなくて、非常に調子悪い。
まさか新型をもらってきたか、なんて疑ってみて、熱を測ってみたけど
36.1度 平熱。
お昼に仮眠を取りました。
目をさましてほどなく、「飯でも行くべぇ」 という電話。
大河原の飲み屋を2軒はしごして
代行で帰って我が家でまた飲みなおし。
今朝の7時半になってしまいました。
全部ご馳走してもらっちゃって、どうもすみません。
かっちょいいな~
ちょっと寝て、午後は地域コーディネーター。
2日連続で青い顔をしていて申し訳ないです。
鼻水は止まって熱も無いのでインフルではなさそうですが
なんだかぐったりしています。
時差ぼけはとっくに治っているはずなのに、リズムが作れずにおります。

トルコ旅行第3日


エーゲ海沿岸にはオリーブ畑が続きます。
畑というより、ひと山ふた山全部オリーブ。
誰がどうやってコレだけのオリーブを収穫するのか、あるいはしないのか・・・
トルコは親日の国だとは聞いていました。
トルコとロシアが戦争している時、日露戦争でロシアを破ったことでトルコが救われたとか。
添乗員さんの話によると、
イランイラク戦争、「イラクの空港を封鎖する。それ以降の飛行機は旅客機も打ち落とす」という発表があって、イラク国内の外国人が空港にひしめいている時、トルコ航空が、イラクのトルコ人を差し置いて、日本人の出国を手伝ったとか。トルコ政府は「100年越しでやっと日本に恩返しができた」と言ったとか。
ビビる。
我々日本人はトルコについて何も知りません。
っつーか日本政府は何もしなかったんですね。
ツアーバスはまずベルガマのトルコ石専門店に行きました。
店員みんな日本語ベラベラ。さすが政府公認店。
いい目の保養になりました。本場のトルコ石は僕の知る色とはずいぶん違いました。
偽物との見分け方も教わったし。
偽物はシンナーで拭くと白い石になるようです。
お試しあれ。
ベルガマは名前くらいは私も知っていたアクロポリス遺跡のあるところ。
実物はため息が出ます。
この高台にこんなでっかい物をねぇ。
その遺跡に直接登って触れるんですからすごいです。
大理石の美しさはまるで損なわれていないんです。いや、完成直後はこんなもんじゃなかったのかも知れないです。

演芸場は急斜面に作られていて、山を昇る風で後ろの席まで声が届く設計だそうです。
高所恐怖症の人は演芸が見られない設計です。

遺跡の出口に土産物屋がありました。
トイレ休憩の10分くらいしか見る時間がありません。
ちなみに公衆トイレはチップが要ります。
50クルシュ~1リラ。
小銭を切らすと一大事になるわけです。
トイレから出てくるとお店の人が寄ってきます。
「イッコ ニリラ。 ミッツデ ゴリラ! ミッツデ ゴリラ!」
「ミルダケ。ミルダケ。」
「ジャスコ ヨリ ヤスイ!」
全部日本語。
「How much?」 と聞いても首を傾げます。
「いくら?」 と聞けば 「ヨンリラ」 って返ってきます。
ジャスコなんて誰が教えるんでしょ。
一個2リラの物を2つ買って5リラ紙幣を出して1リラ硬貨を入手しようにも
三つで5リラと言われちゃ三つ買います。
大きな紙幣を出すとあからさまに嫌な顔をされます。お釣りが無いと言われます。
16リラの買い物をするのに20リラ紙幣を出すと、「アト1リラ」 と言われ、5リラ紙幣が戻ってきます。
トイレのために硬貨を保持し続けるには技術が要ります。
お昼にちょろっとアルテミス神殿の遺跡を見て、
午後はさらに南下し、エフェス(エフェソス)の街。
ちなみにトルコのビールはエフェスビール。
ココの遺跡は規模が段違いでした。
とにかく広いし、サウナ付き公衆浴場や公衆水洗トイレまで残っています。
その分観光客も多かった。
巨大な玄関の遺跡は図書館だそうです。
公衆トイレは隣と近すぎませんか?

革製品屋さんにも寄ったなぁ。
極上の羊皮だったか、バーバリーなどのブランド名が入る直前の商品を格安でって
確かに柔らかくてモノはいいけど、それでも着ないっす。
そこからエーゲ海を離れて内陸(中部アナトリア)へ向かいます。
踏み切りは紅白でかわいい。
少し内陸に行くだけで、イスラム教と分かる人が増えます。
バイクに関する法律については知りません。
みるみる町並みが貧しくなります。

ホテルは温泉街。
夜8時には着きました。
ゆっくりできるかと思いきや、翌朝も5時半にモーニングコールです。
現地ガイドさんの話、「ラキが飲めなきゃトルコでは男じゃない」
じゃ、というわけで飲んでみました。60度以上あるお酒を50%ほど水で割ったものですが、
甘くて強烈な臭みというか個性。なんとか飲みましたけど、コレを飲むなら女呼ばわりされた方がマシという声もチラホラ。
TVでは日本語講座が流れていました。

社会復帰

僕が離れている間にすっかり秋なんですね。
日中にセミが鳴くこともなく、今は秋の虫がうるさいぐらいです。
午前は地域コーディネーターでした。
まぁほとんど仕事は無かったわけですが、休んでいた間の話を色々聞いて現状把握に努め、
午後はギター作りです。
袋に入れていたボディは当然、状態に問題なし。
サイドを丁寧に磨いてからバインディングの溝を掘りました。
トリマーでできるところまで終わらせて今日を終了。
作業場の汚さが気にはなりましたが、やっぱり居心地の良い場所です。
一部ちょっと溝が予定より深くなってしまったのですが、それがウッドバインディングのいいところ。
問題なく修正可能です。