予定を前倒ししたものの、ようやく日本へ戻りました。
アトランタ空港で大勢の日本人の若者の団体がはしゃいでいたことや
三陸沖を飛行中に右側の窓がひとつも開いていなかったことや
本数の減った満員電車で会社帰りのサラリーマンの自分勝手な一言に
なんだかがっかりしました。
アメリカ人の方がよっぽどgentleです。
アメリカの報道やツイートだけでは見えなかったことも多々あります。
東北の人は、あげるあげる文化 だから
きっとパニックとかもそれほど多くなく頑張ってくれていると思います。
ガソリンが入手困難ということで、私はまだしばらく千葉にいます。
今行ってもかえって迷惑だと言われてますし。
帰国してメールを開いて、50件以上を受信し、感謝しています。
電話等つながらなくてご心配おかけしました。
それにしても、この状況で
なんで円高になってんのさ。
投資家って・・・。
おかえり。東北の人は、辛抱強く、頑張ってます。
それにしてもあの避難所で、寒さをこらえて
助け合って物資を待っている人たちを思うと、
いたたまれなく涙がでます。物資の配送ももう少しでましになると思います。
安全が確認されてから、気をつけて戻ってきてください。
>おてんきまーちんさん
ご無事そうでよかったです。
英字しか表示できないPCで翻訳したらwetherと出たのでたぶんそうだと思いました。
東北の方々の頑張りは伝わってきていますがまだまだ見えてこない地域もたくさんあります。
心配ではありますが、行っても自分が避難するようでは迷惑をかけるだけなので、安易に行かない方がいいのかと判断しました。
心苦しくもあり、自宅があるかどうかもわからず、やきもきしていますが、節電をして県南地域の電気の復旧とガソリンの供給を待ちます。
お帰りなさい!
こんな時ですが,あらためて近所付き合いの大切さを感じています。
それぞれ大変なのに,気遣ってくれたり,食料を分け合ったり,妙に明るく,今までよりも会話が弾む。お互いに,元気と勇気を分かち合っている感じがします!
でもでも,Tupliさんが感じたがっかり感もあります。職場でも,海側と内陸側に住んでいる人(みんなではありませんよ)では,かなり切迫感が違います。
私の実家も,それから私の主任の自宅も同じ山下で1階部分は壊滅でした。行方が分からなかった,父方の叔父はGoogleのPersonFinderで分かりましたが,母方の親戚はダメだったようです。
悲しんでばかりでもいけない,落ち込んでばかりでもいけないのは分かるけど,「今その発言?」と耳を疑うこともあります。
かなり愚痴ってしまいました。
さあ立ち上がろう東北!頑張ろう宮城!
明日も実家の捜索に行ってきます。
>大河原のインド人さん
愚痴ならいくらでも書いてください。新築のお宅に壊滅的被害では自分の家族の事だけでも大変でしょうに。ご親戚、決定的なのでしょうか・・・。
怖くて探していなかった山元町の知り合いがGoogleのPersonFinderに出てきません。避難所ではなく別の場所で活躍していることを願います。