仮設トイレが設置

年度末、妻の所も忙しいようで、結果寝かしつけが私の仕事になる。たいてい一緒に寝てしまう。たぶん子より先に寝ている。今夜も一眠りした後の布団の中からの投稿である。明日は保育所の卒園式で、チビの学年はお休み。私の仕事だ。せっかくなのでどこか遊びに行こう。

おうちは玄関やサッシがはずされ、居間の床がなくなっていた。改築されているはずの居間も床下は土で、自然の石の上に乗っているだけだった。だからこそ大震災であれだけ壊れても倒れなかったのかもしれない。地面とくっついてた玄関はぶっ壊れたもんなぁ。そうそう、業者さんの仮設トイレが設置されて使わせてもらえることを確認したので一安心した。

作業はホールの飾り。まだ90度未満。埋め込むのって難しい。いつも思う。


薪運び、リフォームメーカーとの打ち合わせ、時々作業

桜、もらわれていった。大物の幹はこれですべてはけた。あとはこの西側に枝葉などを移す作業だ。

家の解体は問題の風呂場。やっぱり強度の見込めないブロック積んだだけの壁とシロアリに食われた構造材。さらに雨水の入り込む風呂釜下をどう処理するか。もう風呂としては使わないけど、このリフォームにお金かかりそう。

作業は側曲げが終わって口輪飾りの準備。この向きに材を取るといまにも割れそうだ。なにしろひときわ粘り気のない材だから。

 


村仕事、野良仕事、会議。

今季最初の村の朝仕事は農業用水路の掘り上げ。例年だと1時間半から2時間程度で終わるのだが、今年は野山の側溝あたりに倒木があってそれも撤去するというで難儀した。ワイヤーと滑車とトラクターで見事に引き上げてチェーンソーで細切れにして、おんちゃんたちすげーなぁ。

午後はうちの桜を持って行ってくれる人の手伝いと、山と積まれた枝葉の片付け。これは時間かかる。しばらくは毎日2時間程度この作業かな。

居間の壁がはがされたところ、中から昭和30年代の新聞やチラシが出てきた。築70年ほどといっても50年ちょっと前に改築された証拠だ。

そしてここにもカヤの実の殻。いつか作り付けのたんすの引き出し内にびっしりあった殻とおんなじ。リスが出入りしていたと思われる。

夜はざおうデザイン会議に初参加。小中学校の統合問題について考える。メリットデメリット両方見える。どちらに転ぶにしろクリアすべき問題を洗い出すことが重要。


解体開始

家の解体が始まった。足場組んだりするのかと思ったら、まずは内側から手解体なんだな。あっという間だ。

伐採した桜とカヤ、薪として持って行ってくれるというのでうちのお客さんに来てもらったが桜の幹の下の方は持ち上がらない。重たいからと短めに玉切りしてもらっていたんだけど。細い部分だけでもきっとこれ、重量オーバーだよなぁ。もうひとかた、カフェのマスターが来てくれることになっているが、それでも余ったらまた募集するかも。


ブラックウッドの裏板

一昨日の夜、「更新してシャットダウン」を選んで以降、PCが全く立ち上がらなくなり、なんだべまいったなやと思っていたら、PCが「リフレッシュしましょう」と言うので、じゃぁそれで、とクリックしたらまさかのOS再インストール、ほとんど初期化じゃないか。ログインパスと背景画像だけそのままで、グラフィックボードとかの各ドライバ類、メーラーやらセキュリティソフトやらアドビも全部消えていた。それでも一昔前と比べると復旧が早くなったと思う。まだ足りないソフトは使いながら補充していこう。

修理と並行して製作も開始。材料持ち込みのオーダー。バックセンター無しの仕様でこの材が届いたら、そりゃ白太を活かすのを期待されているに違いない。細かいヒビが多数あるので出来るだけシアノアクリレートを吸わせておく。センターの割れ止めは幅を広くしよう。

プレーナーをかけたら杢の部分でチップした。粉々になる危険をはらんでいて恐ろしい。本当に少しずつ削り、最後はサンダーで仕上げないといけない。

はぎ合わせ。ハタの締めた感触がもう他の材とは全然違う。木じゃないみたいに硬い。


桜とカヤノキ伐採

朝、保育所へ連れて行ってから仕事場へ着くと、すでに生垣はすっかり伐採されて桜とカヤを残すのみになっていた。桜もカヤも乾燥させれば家具とかのいい材になるはずだけど薪になっちまうんだな。

今日は午後から町の一歳半健診。お昼に保育所へ迎えに行くときにはオンボロ我が屋はすっかり丸裸になっていた。奥に見える杉はうちの敷地じゃないから。

ところで、町の健診、なんでこんな時間にやるんだろ。保育所ではお昼寝の時間だから、最初いい子にしていた娘もさすがに眠さの限界でぐずって泣いて歯磨き講習どころではないし、なんだかかわいそうだった。歯医者が診てくれるというのだけが来た動機だったが、諦めてさっさと抜け出して車で寝かせればよかったのかもしれない。


アメリカ製のジャッキがいい

裏側のライニングも補充しておく。

今日は力木はがれの修理。これに関しては自作の治具よりアメリカ製の専用治具が使いやすくてすっかり頼るようになったが、離れたところからジャッキアップするアタッチメントが壊れてボディ厚の比較的薄いクラシックギターはなかなかやりづらい。安くないけどやっぱり買いなおしちゃお。


グリップ採寸

ヘッド折れの接着後の画像がコレ。

割れ方の性質上ほとんどずれる事なく接着できた。それでも割れた痕を隠すために濃い色で塗装したりするものだが、そういうのはお望みではないようなので、割れたラインが目立たなくなればと茶色を軽く重ねておく。艶消しのトップコートも。塗装はすぐ痩せるからラインは消えないけどね、色がなじんでると遠目にはわからない。

裏板のないギターは割れたラインに補強が入り、表側のライニングを接着。このライニングも補強の役割を担う。

ネックの採寸用に貴重なギターを借り受けた。ネックのグリップって完璧に左右対称とは限らなかったりするもので、グリップのラインはあくまで目安だけれど、tupliとしては初めてグリップのテンプレートを作ってみた。思ったより細いんだなぁ。

 


76

今日は子守りの日。友人一家が修理品を引き取りに来るというので、午後、時間を合わせて作業場で待ち合わせをした。そこへ見学客と新たな修理品の持ち込みと宅急便もやってきて、一時間半ぐらいの滞在で非常に濃密だった。

2週間ほど前から喉が痛いなんて言っていて、その痛みはほぼ解消したのだが、咳のし過ぎで右脇腹が痛い。筋肉痛かと思っていたが、咳で背骨や肋骨にヒビが入ったなんて事例を聞いていて、まさか折れてはいないと思うけど、右だけだしスジ違いとかだろうか。この脇腹痛で咳するのも恐怖、娘を抱っこしておんぶして客対応や買い物が非常にキツかった。いや、こりゃ、きっと折れてんなぁ。

ところで、先日の蔵王町漢字検定の結果が届いた。ケアレスミスが2問、4点。それが取れていたとしても、届かない。

 


追悼のひ

今日訪ねてきた人に教わった。3月10日は東京大空襲の日だと。そしてその空襲の後、同じ日、なぜだか不忘山に3機のB-29が墜落した。その残骸は一部まだ山に残る。1961年、墜落した米兵34名の追悼の碑が山頂に作られた。そして2015年には不忘平和記念公園が作られたのだと。蔵王縦走で不忘へたどり着いたとき、その碑に気付かなかった。戦争とかB-29だとかの破片が身近にあると知らされ、なんだか急に鉄臭いようなむず痒さを感じた。

明日は震災6年目の日だ。(書いている途中で日付変わっちゃったけど。)あれからもう6年。色々なことがあったし色々変わったし色々変わっていない。志津川に新しい商店街がオープンしたというのは数日前のこと。学生時代僕の髪を切ってくれていたミヤカワさんもついにそこにお店を構えたという。お祝いもって遊びに行かなきゃ。私の防災意識はずいぶん緩んだし、自宅周辺の空間線量を測らなくなって久しい。が、浦戸諸島の人たちに会えば防潮堤の話になるし、千葉の実家へ帰ろうと思えばそのルートを考えたとき6号沿いにはアンダーコントロールの手に負えない化け物がある事を意識せざるを得ない。最も変わっていなくてガッカリなのが原発政策かもしれない。

仕事に関して言えば、震災の後のいくつかの修理を通してリペアの考え方が少し変わったかもしれない。デフォルメして言うと、以前は製作の方が大事だった。今はどちらも大事だ。

裏板が無いので割れ止めが貼りやすい。簡単に修理調整できるようにとネックがはずせるギターがあるというから、行きつくところは簡単に修理できるよう裏板がはずせるギターとか。そういえば今日訪ねてきた方、カホン持ってきてた。ホールのある反対側の板はネジ止めだ。カホンだったか・・・。

製作も大事。途中のまま放置されているガットギターをさらに放置してでも作りたいギターが2つある。そのうち一つのためにテンプレートを用意した。シンプルデザインブリッジ。


ギター工房tupli でのギター製作と日常を綴ります。