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東京生まれ千葉育ち、蔵王町在住のギター製作家。 ベルボトムジーンズが標準スタイル。

父の葬儀

週末、父の葬儀に行ってきた。四週連続の千葉県往復。式の規模などは父と生前話しできていたし、妹の活躍で葬儀屋さんが決まった。
結果として何というか、いろんな意味で忘れられないお葬式だった。

坊さん、故人の名前を2度3度と間違える。
それを不誠実におどけたような適当な謝罪で済ます。
孫だと言っているのにひ孫じゃないのかと何度も聞いてくる。
故人の子ども(私と妹)をさして50代と決めつける。
などの不敬をはたらいた。
俺は失礼な!と叱責した。妹は悔しさで泣いた。叔父は語り草だなと呆れた。葬儀屋のお姉ちゃんは良くしてくれたのよ。「だから坊主要らないって言ったろ」と苦笑いしている父の姿も目に浮かぶ。やっぱり父に自分でお経を録音しておいてもらえばよかったかな。

そんなせいもあってか、あまり湿っぽくならないお別れ会になった気がする。まぁ、直前に色々会って話せていたからかなぁ。

千葉からの帰り道、高速道路上で突然バッテリーランプ点灯、まもなくABS、4WD、サイドブレーキランプ点灯、ヘッドライトが暗くなり始めてコリャやばいぞとなって車屋さんに電話。オルタネーター(発電機)壊れたんだろうと、そのうちエンジン止まると言われて最寄りで降りてコンビニ駐車場へ。保険のロードサービスでレッカー頼んでレンタカーで帰宅した。寒かったろうって心配してくれたりもして、みんな優しかったわぁ。
夏以降の走行距離が半端ないので一気に来たんかなぁ。それにしても、葬儀終わるまで壊れず持ってくれて助かったし、止まったの福島県で100Km以内なのでレッカー代は無料で済んだし、飛び込んだコンビニの駐車場がすごく広くて良かったし、色々運が良かった。そしてまた父の葬式にまつわるエピソードが増えた。ぼくしーはまだお墓に行かないでおくれ。続けざまの大きな出費はかなり痛いよ。


一番甘いの

今日はちょっとタッチアップしたら仕上げのトップコートを吹くつもりだった。そのタッチアップが上手くいかなかった。結果としてまたやり直しだ。この2か月タダ働きか。まもなく心折れるぞ。

柿は干した。俺は食べられないんだけど、木の上でトロトロになった渋柿、ただひたすらに甘いゼリーみたいの。うちの2番目が大好きみたい。親父の後継者発見。自然界でこれより甘い物って思いつかない。

先週末、もう危ないと連絡を受けて三度千葉へ帰った。到着前に先行していた妹から、なんか持ち直して安定しているからいったん帰ると連絡が来た。父は横になったまま孫の手を握って微笑んだ。身支度のためいったん病院を離れようとした母には行くなとしきりに首を振った。寂しいのだろうと思った。しかし私が翌日また顔を見に行くと「もう帰れ」と怒られた。真意は分からない。死ぬのを待たれているようで嫌だったのかとも思うし、私や子供らの時間を心配しているようでもあったし、今の姿を見られたくなかったのかもしれない。ほとんどしゃべれずもどかしそうだった。

父は有機化学の人だった。大学で修士号を取り化学会社に就職後にアメリカで博士号を取った。若いころは試験管を振る仕事をしていたらしい。大好きな話がある。もう30年以上も前のことだが、父の勤める会社と海外の会社とで合弁会社を作りヨーロッパで麦用の農薬を販売するチームに加わった。社名が決まりロゴマークが決まり、いよいよ大々的に販売となるその直前に、ある条件下で残留があることを発見してちょっと危ないかもしれないと父は合弁会社を潰して日本に帰ってきた。「あれ以来、窓際族だよ。」と父は笑った。人々にはまるで知られない記録に残らない英断であると私は誇りに思っている。食の安全を、大げさに言えば人類を救ったと思っている。科学者として正しい決断をした。いつの間にかその時の父の年齢を超えてしまった。

父が息を引き取ったとの連絡が入った。このところの様子を見るに、まぁそうなるよなと理解はする。実感はない。肝不全、肝腎症候群。医者は肝臓腎臓が機能していなくて普通はとっくに亡くなっていると言っていたらしい。癌末期でこんなに穏やかな顔をしている人を見たことがないとも言っていたと。

2週間前の話だが、父は3回食べる夢を見たと笑った。ラーメンとレバニラと白菜の漬物。硬い物、塩分、タンパク質、刺激物を食べられず辛かったのだろう。母もよくやってくれた。棺に漬物の一つでも入れてやりたいところだけれど火葬場的にダメらしい。

立冬、父の好物だった干し柿を作ろうと思う。

割れ修理

写真で見積もりしてくれと言われた時点では修理方法が定まらなかった案件。最悪その部分切り取って別の板当てるってことになるんだろうなと。でも目の当たりにしてみて、ひとまず割れたパーツで元の形にする試みを。容易に手の届く場所だったのは不幸中の幸いかな。

こちらの裏板割れはクラシックギター。ホールが小さいし胴厚が薄いので奥まで手が入らない。できる事なら補強材を2つ貼りたいんだけど、一つで我慢。

父は頑張っている。

父は7月末に体調不良で近所の総合病院へ行ったら即ERで入院した。退院したところに我々がちょうど訪れて8月に会った。うちらが帰ってすぐ東京の病院へ行き、かかりつけの腎臓の先生に診てもらったら、「なんともない、大丈夫」と言われたという。母が状況を説明し食い下がったところ「じゃあ一応消化器内科に回そう」となって行ってみれば即入院。「もう腎臓の方は行かなくていい」と言われたとか。どれだけ腎臓の医者がヤブか分かるエピソードだ。

終末期をみてくれる比較的近い病院へ父が入院した。この週末に、娘の学習発表会が終わった後で、家族で会いに行ってきた。1週間前は何とか散歩ができたのに体を起こすのも辛そうに車いすで移動、さらに痩せて黄疸がはっきりして白目まで黄色くなってしまった。長女はショックを受けていたようだ。去年一緒に2日間ディズニーランドを歩き回っていたんだから、信じられないのは無理もない。俺もだから。

トイレに立つのも辛くて、ベッドから起きるのがやっとなんだと。「嫌なのが一人いる。看護師。尿瓶使えって言うんだよ。しつこく。嫌だよ。」って困った顔をした。

早期退職から再就職までの間にお坊さんの勉強をしていた。あと1週間、京都での勉強だか修行だかをすれば僧侶になれたらしいけれど、しなかった。寺に生まれ習わぬうちからそこそこ経を理解していた父は、葬儀には坊さん呼ばなくてもいいと言った。自分でお経読むのかと問えば、うまくないよ、もう声でないって。

先週の散歩でも着ていたお気に入りの山用のチェックのシャツも、靴も杖も毎日聴いていた携帯ラジオももういらないと言ったらしい。

医者が言うには、この状態と数値から見るに驚くほどの強靭さを見せているのだとか。父は頑張っている。しかし展開が速すぎる。

父に会いに

11月の連休で実家に帰ろうと予定していたのだが、その頃には自信がないからと急遽招集がかかった。父が弱気になっている。
3ヵ月前まで何事もなく普通に過ごしていたのだけれど、7月末に体調不良で受診してから検査入院が続いて、その後自宅療養となった。肝硬変、そして食道静脈瘤、肝癌。手の施しようがないと。この1か月で17-8kg体重が落ちたらしい。ここ最近は食欲もなくすぐ疲れてしまうのだとか。声を出すのも辛そうだった。ずっと腎臓の不調で通院していたのに、医者は何をやっていたんだという憤りももう過去の話になってしまったみたいだ。

一緒に近所を散歩し、昔どこに行ったといった思い出話をしてきた。筑波山、男体山、室堂、尾瀬、一ノ倉沢、ニューヨーク、ベルギー、フランス、トルコ etc.
早朝の窓からの景色を見るとグラナダを思い出さないかって俺は行っていないよ。
今思えば山でも海外でも父と一緒だと安心感があったなと思う。

50年以上前に父のために祖母が仕立てた着物が当時の行李に入れられ大切に保管されていてそれを受け継いだ。俺の小学生の頃のサッカークラブのユニフォームや小学生で作った靴入れ、刺しゅう入りの枕カバーやエプロンなんかも綺麗に保管されていて、勝手に捨てられないからと渡された。実家に置きっぱなしの俺のガラクタはそのうち持ち帰ってこないといけないんだな。今となってはちょっと貴重な物もあるかもしれない。綺麗なままのテレホンカードとか、未使用のドラクエのノートとか、皿の間からユーロ以前のベルギーの紙幣が出てきたり、理学部の駐車場のパスカードが出てきてあぁこんなとこにって驚いた。
サッカーのユニフォーム、今7か月の息子が着れるようになったら着せて見てもらおう。

頼りのお店が・・・

ブリッジ再接着。ブリッジのサイズに塗装をはがす。

ギター作る人にとって非常に大切な海外サイトのおそらくツートップの一角が廃業するみたい。売却とか合併とかじゃなく廃業なのかしらん。最近不穏なメールが続いているなと思ったら、「我々は永久にドアを閉める」「夕日に向かって船出する」って。勘弁してよぉ。ブリッジ材やナットサドル材、ベンディング用品はここから買っていたんだが。あわててベンディングのブランケットとちょっと木材注文したらカミさんからお金借りることになってヤバい。しかし、欧米人っていうのは洒落た言い回しをするんだな。

思い出の中

週末友人が遊びに来た。夜空の写真を撮ったりして遊んだんだけれど、撮影後にカメラが作ってくれる動画以外、元データが全て吹っ飛んでいた。いいさ、お試しで撮っただけだ。俺の思い出に刻んでおいたよ。メモリーカードかな?初期化するよね。PCモニタ全画面表示で4K再生するといい気分。

翌日は産業まつりに娘が地域の伝統芸能で参加。お父ちゃんはこの馬などの荷物運びと子守り。

その時気づかなかった。レンズを望遠から標準に戻したら、星空撮影用のソフトフィルター付けっ放しだったようだ。どこか思い出の中のようなほわっと感。

さて、今日は塗装作業と修理の仕上げ。ガンは超久しぶりに分解掃除した。ネックリフィニッシュの仕上げ作業をと思っていたんだけど、今更気づいた。裏板ヒビ入っているしエンドブロックがはがれている。見逃せないなぁ。

パールホワイトトップ

パールホワイトのリベンジ。まぁやっぱりちょっとね、ほこりやゴミが付いたりするんですわ。白ってのはそれが見えてしまう。よく見ると見えたり、修正痕があったりするかもだけれど、1m離れたら目立たないかな、くらいにはなったと思うので次に進むことにする。

おのれのメモが悪い

いつものように午後に放課後学習室行ったら先生から今日はお休みですよと言われてそそくさ帰ってきた。
ブリッジを削っての弦高調整。

ブリッジはがれの修理はまず全部はがすところから。過去一番きれいにはがれた。しかも簡単に。